徴収じゃないよ!笑(タイトルから続けると「源泉徴収」。)
確定申告は15日(16か?)までですよー!まだの人そろそろやばし!!
っていう冗談から入ってみた♪
本題は、私は今まさに躍動感にあふれてるぞ!ってこと!
正確には、躍動感が復活するのを今、今日、はっきり感じた!!
・・・躍動ってのは、生きてることそのものがうれしいっていう歓喜のことね。
これがあればね、いつでも楽しみを「自分で」見出せるから、最強!!
どんな場所でどんな生き方をしてても、ね。
・・・躍動感が無いのはたとえば、毎日職場と家の往復で、たまに歓楽街で騒いで発散して、時間が来ればまた渋々出勤して、生きるために稼いでるのか稼ぐために生きてるのか!?という状態。
前に近所の小さい居酒屋に入ったとき、二人組のサラリーマンがちょうど席を立って帰るところだった。その時の短い会話が、これ↓
A:「あーあ、また明日も仕事かあ。あーあ・・・(うんざり感満載)」
B:「ああ。でもさ、とりあえず給料もらえるじゃん。」
A:「うん、まあな。でもさ、なんかイヤじゃん。」
B:「。。(無言で同意の頷き)」
この「なんかイヤ」感が、言いたいことのポイント。
たしかに糧を得て「生きてる」はずなのに、なんかイヤだ。どんなに飲んでもカラオケしてもパチンコしても消えてくれない。何かが足りないのか、余計なのか、そのどっちでもないのか、自分はなんで生きてるのか・・・??
・・・この状態だと、毎日の中に心身の本当の躍動が無いよなあ。「生きてることそのものがうれしい」っていう歓喜が。
この歓喜の源泉は、もちろん自分の心の中にある。
源泉の正体は・・・
(このブログを最初から読んでくれてる人ならわかってくれーい!!)
私はさ、今は、午前に糧の為の仕事をして、午後はクリエイターをして、心身が毎日躍動してる!
糧の為のって書いたのは、本当のことだからさ。はっきり言うとこの午前中のは、ずっと続けるものというより、しようと思った当時の自分の気持ちにぴったりの職種だったんだ。ヒトじゃなくてモノ相手がいいなっていうね。
今後はまたクリエイター中心になるけど、でも午前中やってる仕事も、それと無関係じゃないんだよ。それが、自分で自分がうれしいところ!
糧の為なんだけど、ただこなして終わりじゃなくて、そこに居る人たちの言動からいっぱい学べることがあるんだ。前職では想像もつかなかったようなことが、いっぱいね。仕事仲間として打ち解けて楽しいってのももちろんある。そうなってくると益々、色んな風景が見えてきて、クリエイター活動にもつながるんだよ。つなげてるんだよ!
この気持ちさえあればさ、糧の為だけの仕事なんて存在しないとも言えるよな!
何だって学びだからさ。
社会ってさ、「目の前に人が居る場所」とも言い換えられる。それはつまり、どこに行っても「人」が居るんだよ。そんで、人が居れば、必ず、そこで学べることがあるはずなんだ。自分の言動、他人の言動、気持ち、感情、表情、動き、方法と成果、効果、改善、問題解決、、、、無数にね!
・・・私は、その時々の自分の気持ちっていうのが人生の根幹にあってさ、その気持ちに沿った行動を取る。気持ちに沿ってるってことが、他の何よりも、大事なんだよなあ。
何才ならこうしてるはずとか、こうなってるはずとか、何々を持ってるとか、そういう動機では動かないんだ。(私は、ね。そうすべきとか、良し悪しの話じゃないよ。)
いつも、行動が自分の気持ちに沿ってるかどうかってのが真ん中にあって、絵や音楽や詩も全部そこから生まれてる。
半年前、気持ちに沿って行動して選んだ、今の午前中の仕事。
それから、半年経った現在の自分の中で太くなってきたクリエイター活動。
・・・・気持ちに沿った行動を取るのが自分。
そんで、いつでもどこに居ても躍動を感じる!
・・・あのさ、躍動ってさ、何をしてるかっていう問題じゃない。
趣味がたくさんあるとか、習い事をたくさんしてるとか、好きなことを仕事にしてるかどうかとか、そんなことじゃないんだ。
さっき、躍動感が無い状態の例としてサラリーマンの会話を挙げたけど、サラリーマンが躍動してないなんて、全然思ってないよ。どんな職業に就いてるかっていう表面的な話じゃないんだ。職業なんて服だもん、着替えたら変わるただの服(この意味はもう、怒濤人脱力記読んでくれてる人ならわかってくれるはずだー!!)。
「好きを仕事に=躍動」なんて、すごい安易な発想だと思うよ。
躍動ってそんな安易なものじゃなくて、
自分の内部から湧き出てくるものなんだ。
湧き出てくるし、引っ張り出す時もあるし、でもやっぱり湧き出てくる!
これが、生きてること自体の歓喜、躍動感だね!!
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