こういうことを多くの人が感じてるから、「居場所」ブームが起きてるんだろうと思う。
リアルで、ネットで。
とにかく、自分を人間扱いしてくれて、相手のことも人間扱いできる場所。
本当は、いつでもどこでも、一瞬すれ違うだけの社会人(=店員等)のことも人間扱いしたいよなあ。相手は確かに、ロボットじゃなく人間なんだもんね。ありがとうって言われればうれしいだろうし、叩かれたらしたら痛いだろう。
①で挙げた、スーパーとか電車とかバスとかでも、会話は見られる。店員にありがとうって言って帰る客もいるし、量販店でも馴染み客は居る。「大型店は非人間的で、個人店こそ人間的なんだ」っていう話じゃないんだよ。店とか企業の形態の話じゃない。
いつでもどこでもなんでも均質化されると、その中では人間とモノの区別が消えるんじゃないかってこと。「一人の人間」じゃなく、「お金をまとった一個のモノ」になる。
もうそうなると、呼吸も心臓の鼓動もないよね!
でも、均質サービスの中ではそれで充分なんだ。お金さえ払ってくれれば、それは「客」だからね。もはや相手が「人間」だろうが「モノ」だろうが儲けになればどっちでもいい。究極、こういうことになる。金融関係とか数字が至上の市場とかは、そうなのかもな。
・・・均質サービス至上主義近代化を、ちょっとこの辺で止めてみたいね。
自分がどんなサービスを受けるにしてもその後ろには必ず「人間」がいるってことを、もっと生活の中心にしたい。
そうしたらもうちょっと、「呼吸」して「鼓動」がある人間扱いの場面が増えると思うね!
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