〇人間扱い!!①

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だいたいの人は、生きてる毎日の中で「人間」に会うだろうけど、それは本当に人間同士なのかなあ?

たとえばさ、スーパー・コンビニ・量販店系の有人レジでの客と店員のやり取りは、人間同士のやり取りではない。

店員にとっては、並んでる客は全員等しく「なるべく早く捌くべき相手」で、特に違いはない。その客がどこで生まれ育ったのかとか、どんな風に日々生きてるのかとか、そういうのは全部関係なくて、レジスターの向こう側にいる「お金を払ってくれる、捌くべき相手。とにかく一秒でも早く目の前から消えて!はい、次の客!はい、次!次!」同じように、客にとってもレジ店員はどの人も同じようにレジ店員であって、「商品を通して金額を教えてくれるならそれがどんな人でもいい。とにかく一秒でも早く自分の番が来てくれー!!!」の状態。

客も店員も、相手を人間扱いしてない。工場のベルトコンベアと同じ。

だって、誰でもいいんだもん。

買ってくれさえすればすべて等しくお客さんだし、商品を通してくれさえすればすべて等しく店員さん。

だからセルフレジ可能になる。人間不要だから。

これを他の場面にも拡大すると、わりと日々出会ってる「人間」を「モノ」扱いしてる感じがしてくる。

電車の運転手や車掌と利用客、バスやタクシーの運転手と利用客、運送業のドライバーと客、レストラン・カラオケ・百貨店・量販店の店員と客、大型商業施設で遊ぶ客と店員・・・・

こういう場面で、客も店員も相手をいちいち人間扱いなんてしてない。してたら、進まないから。

都市部で仕事してランチ食べて午後電車で帰ってスーパーで買い物して家に帰る。家には何かしらの同居人がいる。とすると、この人は一日の中で出会った何人の人間を人間扱いし、何人の人間から人間扱いされたんだろう?同居人から?

だけ?

かもしれない。

・・・今は究極、自分の部屋から一歩も出なくても三食食べて生きることができるね。一歩も出なくてもパソコン一台で仕事もできる。

人間が自分の心身をなるべく使わないで、どれだけ「楽に」生きられるかという方法をいくつも開発競争してきた結果が、現在の都市部の人間の生活の姿で、それはすごく「便利」。

いつでもどこでも同じサービスを受けられる豊かさに関しては、今は確かに最先端なんだろうね。

・・・生き方としても最先端か?

ということになると、全然違うね。

なぜかって、いつでもどこでも同じサービスを突き詰めると、人間不要だからさ。

機械にもできる。セルフレジみたいに。ネコロボットウェイターみたいに。運転手いないバスみたいに。

この、いつでもどこでも同じってのが加速して暴走レベルになるともう、どこで何をして誰に会っても相手を「人間扱い」しないってことになる。

「人間扱い」しなくても生きられるってことになる。

スーパーやレストランで出会う店員のことはモノ扱いしといて、家に帰ったら同居人のことは「人間扱い」。リアルとかSNS上での「親しい」「自分の生命維持に直結する」人だけを人間扱いして、それ以外の、一瞬すれ違うだけの社会人をモノ扱いする。

これってかなりイビツな状態だな!!!

イビツなんだけど、都市部だとこういう状態の人いっぱいいる気がするなあ。

モノ扱いしてる、一瞬すれ違うだけの社会人の働きがなかったら、実は自分も一日だって生きられないってことをどんどん忘れさせるのが、人間を「モノ扱い」して成り立つ均質サービス至上主義、近代化ってやつだな。

~②へつづく~

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