〇人は「待てる人」に集まる。

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「待つ」のも、重要な力だな。

黙るというのは、待つことともいえる。

でも、電車を待つのとは違う。不可抗力の解消を無力に待つってことじゃない。

淡々と自分の仕事をする、こなす、精一杯こなす、これでもかとひたすらこなす、自分の仕事を徹底してやる。人の目なんて気にしないで徹底的に。でも、気持ちはいつも人に対してオープンである。

これが、【待てる人】かな。

自分の仕事に徹するには、自分が自分自身に対してオープンじゃなきゃいけない。自分が自分自身に対して常にオープンな気持ちじゃないと、徹底なんてできない。だって、自分で自分のことをみる観察眼が必要だからね。そして観察は、特に、自分で自分をみる類の観察は、オープンな気持ちでしかできない。閉ざされた気持ちでは何もみえないからね、真っ暗闇みたいに。観察には光が必要。その光がつまり、オープンな気持ちなんだ。

そしてそして、自分で自分自身に対して常にオープンな気持ちでいる人は、自然と他の人に対しても常に気持ちがオープンである。

オープンというのは、基本的に誰とでも感情のやり取りや意見交換ができる状態でいるということ。自分で自分を観察・分析・洞察・修正・還元=内省できて、その上で、他の人や周りの事象に自分から関わろうとする意欲を常に持っている、という意味。
誰にでもペラペラしゃべりかけるとか、表面的な外交性ってことではない。

こういう、内向的でありながら外にもひらけるオープンな【待てる人】のところには、自然と人が集まる。その人が常に自分の仕事に徹しているのを見ると、その姿に安心するからさ。だって、徹している人は、徹しているがゆえに雑念が無い。だから、他人を攻撃しない。それが心地良い安心感(「一緒にいるとほっとする」ってやつ)を醸し出す。

人が人と会ったとき、相手が自分を攻撃してくるか否かは、直感でわかる場合もそうでない場合もあるからケースバイケース。

だけど、一定期間関わった相手を【待てる人】だと感じた場合は、自然とその相手に惹かれるんだ。その惹かれ方は、仲間意識かもしれないし、友情、憧れ、恋心、ライバル意識などさまざま。

で、【待てる人】は、そうやって集まって来た人にオープンに接しながらも、絡みにはいかない。オープンだけどサッパリしている。その姿勢が尚更、人を惹きつける。

でも、本当の【待てる人】は、どんなに周りに人が集まっても、自分の仕事をするだけ。徹底するだけ。人の目を気にしたり、人が言うことに気を散らされたりしないんだ。

黙る、待つ、仕事を徹底、そして常にオープンでいるっ!!!

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